2015年5月3日日曜日

番外編:出雲と忌部 5



> (剣山に関する噂でよく囁かれているユダヤとかキリストとかの話はちょっと私にはよく分からないですが、
> よく言われる剣山に隠されているという聖書の「失われたアーク(聖櫃)」と、http://blog.goo.ne.jp/guapo007/e/84aacd7d9d6cc4be3ba743092874c273
> 密教の梵語の「アーク(=大日如来 密教における最高神)」が同じ「アーク」でかぶっているのは面白いなあと思います。http://heitate.blog37.fc2.com/?m&no=1496 
>
> このページに「胎蔵曼荼羅の大日如来の真言はナウマク・サマンダ・ボダナン・アビラウンケンで、種子はアークです。
> アビラウンケンの5文字自体が、五大を表し、ア=地、ビ=水、ラ=火、ウン=風、ケン=空です。
> また種子のアークには 発心(ア)、修行(アー)、菩提(アン)、涅槃(アク)という4つの文字が隠れています。
> ≪種子(しゅじ)とは密教において、仏尊を象徴する一音節の呪文(真言)。
> と書かれていますが、遍路道は、発心(ア)=徳島県(1~23番)、修行(アー)=高知県(24~39番)、菩提(アン)=愛媛県(40~65番)、涅槃(アク)=香川県(66~88番)と県ごとに意味が割り振られており、
> 四国全体が胎蔵界曼荼羅になぞらえてあります。となると金剛界曼荼羅は他のどこか、本州か、高野山か、もしくはもっと小さい島になぞらえて何かごそごそやっているかもしれません。





アークはarc
弓ですよね

弓といえば弓削氏
物部の一派でもあるとか
『日本書紀』では物部弓削守屋という


吉備弓削氏もいるのだとか
岡山県久米郡久米南町にあった旧弓削町
町は戦後に無くなりましたが弓削駅があります

ここから津山事件や
『八つ墓村』の舞台となった津山市が
美咲町を挟んで北にあるのですが
この美咲町にも弓削氏が寺を開いたとあるので
津山の方まで弓削の可能性もある・・・


だから岡山が阿波のような土地かもしれないって
想ったんだ・・・


弓は曲げますからね
弓が曲がった形が弓形=arc


密教はいわば仏教の中の呪術
教えを曲げる裏の教え
だから密教


弓は曲げないと矢を射れない


失われたアークのアークも
多分そんなことかもしれないですね。。。



ちなみに弓削で調べていたら
大山祇神神社のある愛媛の大三島
そのすぐ近くに弓削島というのがあって
びっくり


物部連の中でも古代ユダヤ系
モノホンの血筋が弓削氏なのでしょうか

そして出雲にピッタリと張り付いている




弓削は「ゆげ」と読む
ゆげは湯気


大国主に湯治を教わった
忌部の祖のスクナヒコナを想いだします


弓削氏には
物部弓削守屋以外にも別の系統があって
天日鷲翔矢命を祖とする
これは忌部の祖である天日鷲神のことで
弓削氏の中に物部と忌部の系統があるのね


悪の相玉みたいな感じw




大和がヤマト  矢的ですよね


そして弓削が  弓



弓  矢  的  


三種の神器みたいに揃ってる


これがピラミッドみたいな
三角点の結界
基底の結界なのかもしれないですよ


的を射る  弓の矢


大和は弓が引いた矢によって生まれた
矢的


的のような日本の国旗




弓は古代の武具
銃の原型なんですね


銃が発明される前の飛び道具


狩猟にも使われていたと想いますが

戦争屋の雛型みたいなものかもしれない




物部が出てくるに従って
戦の気配が濃くなるのも当然


獣を祭壇に供える物部神道

血を欲する






種子(しゅうじ)というものを
私は映画『ジュピター』の批評でつい最近知りました


ジュピター~唯識+聖書的宇宙生物観
そ こには記憶や知識と物質が相互作用して一体化されている趣がある。そもそもジュピターという名前に反応して木星(ジュピター)の中が舞台になるのは名前と それを指す物とが一体化していて「クラウド アトラス」で描かれていた輪廻転生と類似性がある。輪廻転生は唯識論と類縁があり、現世が幻である以上、物質も幻で識の現れとすれば、識と物が相互作用してもいいという世界観。そこに唯識論の種子(しゅうじ)を遺伝子に置き換えた趣がある。痣が転生の印だったことも本作で引き継がれている。若返らせる薬も肉体の細胞を転生させているのか。ワープのシーンも、「インターステラー」のようにいかにも宇宙物理学的なものではなく、簡単なデジタル映像処理なのは物質の相対化された軽さを現わしているかのよう。


種子 (唯識)
植物の種子のように、いろいろの現象を起こさせる可能性であり、可能力のことをいう。



密教では種子が一音節の呪文(真言)で
それがすべての種子(要因)になるというのは
音で世界が作られると
以前In Deepさんが書いていたのを想いだします


一音節の呪文というのは  アーとかウーとか
いうなれば振動のことですから
振動=周波数が世界を作る
音が世界を作るのは
波動や言霊とかそういうのでしょうかね



この世の存在は「音そのもの」であるかもしれないことに確信を持てそうな春の夜
この世にある「形は音そのもの」なのではないか」と言っていると考えてよいのだと思います。

もっといえば、現実の世界の中では「私たちは形があるものを『モノ』として認識する」と思います。もちろん「形 = 存在」ではないのですが、現実的な問題として、「モノは音そのものだ」と言っていると考えていいのではないかと思います。

「存在というものの根源が、音、あるいはその周波数そのものである可能性がある」のではないかなどと思えてきてしまったわけです。

そして、「創造」だけではなく、今現在も、この世は音によって創り続けられている、あるいは保持され続けているのかもしれないということです。

カタカムナ文明と未来の人類
「私は小学校3年生の頃から、カタカムナ文字のことを少しずつ教えてくれた祖母に、「形というものは振動数と音で成り立っており、私たちの発する言葉も、たとえ見えなくとも、時間差で必ず形になって現れる」と言われていました。
ある周波数が対象物の波長と相互に合ったときに、共振をしていろいろな形になっていく。」


「縄文時代より以前の日本人は世界(形)の成り立ちが音であることを知っていたかもしれない」






ちょうどこれを書いている時に
インターステラー』を観たのです

『2001年宇宙の旅』へのオマージュみたいな感じで
宇宙のシーンで一切の音が消えて無音になる
それが『2001年~』を想いださせる


宇宙には音がない
その感覚は『2001年宇宙の旅』から
来ているんですよね



実際本当に宇宙に音はないのか
よくわからないですけど
音のない宇宙の表現が
この世界とは全く異質の空間であることを
実感させてくれるわけで
いかに私たちのいる世界が
音に満ち溢れているかがわかるのです


だから音が振動が周波数が
世界を作るっていうのもわかるし


耳に聞こえないような音
振動や波動とか言われるものに
私たちの想像以上に動かされているんだと想う



耳で聞こえる音は感知しているから
まだいいのよね
意識上にあればコントロールできる


でも私たちを動かすのは耳で感知できない
だけど確かにこの世界に流れている音


それが無意識の領域で受信していて
意識下にあるからコントロールできない
それに魂が動かされる


そんな音で世界は作られていて
そんな音で私たちは動いているんだと想う







バナナの大木は草?咲くやこの花館に熱帯フルーツ集合



咲くやこの花って木花咲耶姫
大山祇神の娘です


ニニギの妻になったけど
国つ神の子を妊娠したと疑われて
産屋に火を放ったニニギはマジキチだと想う


燃えあがる産屋で火照命など
三神を出産した咲くや姫もすごいけど
ホントむちゃくちゃなエピソード
でもこの話どこかで聞いたことありませんか?


そう
イザナミが陰を焼かれてカグツチを出産する話


女神が炎に包まれて
火の中から子供が産まれる話


出雲はもともと
イザナミの美称、稜威母(イズモ)から来た
という説もあり
イザナミ=出雲とも取れるのですよ


だから咲くや姫の出産もイザナミの出産も
古代出雲で起きた戦争で
新たな勢力が生れたり
あるいは製鉄民による製鉄の火で
新たな部族が台頭した
そんな事件を伝えているように想います


そしてその事件は母が炎に包まれる
母を焼いて子供が出てきた
出雲の女性原理の焼失と
男性原理の出現の象徴でもあると想う




木の花咲くや姫館の熱帯フルーツ大集合は
出雲が再び狙われている
供え物にしようとしている
見えない世界で襲われている
そんな感じがしてしまいます




そういえば安倍首相の演説で
キャロル・キングが出て来たらしいですが
前回はメタリカでこれもオカルトだったから
オカルト住人がキャロル・キングのオカネタも
発見したようですw


私はキャロル・キングの『タペストリー』が好きで
超名作なんですが
このブログの夢記事だけをまとめたブログのタイトルも
「タペストリー」


アルバム『タペストリー』の中に
"I feel the Earth move"という
アップテンポな名曲があるのですが
この歌詞がまさに天災を綴った歌詞でw
311の後に聞くと  空恐ろしい歌なのです


その中で
Mellow as the month of May
というフレーズがあって
なんだろと想って調べてみたら
mellowは果実の実りとか成熟という意味で


まさに「機が熟した5月」なんですよね・・・


フルーツを食せという集合意識の指示も案外
「機が熟している」という
サインなのかもしれないですね
















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